「金子光晴、草野心平」カテゴリーアーカイブ

「洗面器」(金子光晴)

(僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思つてゐた。ところが、爪哇ジャワ人たちは、それにカンピンや、イカンや、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたへて、花咲く合歓木の木蔭でお客を待つてゐるし、その同じ洗面器にまたがつて広東の女たちは、嫖客の目の前で不浄をきよめ、しやぼりしやぽりとさびしい音を立てて尿をする。)

 洗面器のなかの
さびしい音よ。

くれてゆくタンジョン
雨の碇泊とまり

ゆれて、
傾いて、
疲れたこころに
いつまでもはなれぬひびきよ。

人の生のつづくかぎり
耳よ。おぬしは聴くべし。

洗面器のなかの
音のさびしさを。

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