「古靴店」(金子光晴)
赤、青、黄の強い原色の郷愁ノスタルジヤ……濡れた燕がツイツイと走る五月の雨空、狭い港町の、ペンキの板いた囲がこひした貧しい古靴店がある。 店一ぱい、軒先にも、店にも、はげすゝけた古靴、破れ靴、大きな泥のまゝの長靴や、戯け […]
「洗面器」(金子光晴)
(僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思つてゐた。ところが、爪哇ジャワ人たちは、それに羊カンピンや、魚イカンや、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたへて、花 […]
「おっとせい」(金子光晴)
一 そのいきの臭えこと。くちからむんと蒸れる、 そのせなかがぬれて、はか穴のふちのやうにぬらぬらしてること。虚無ニヒルをおぼえるほどいやらしい、おゝ、憂愁よ。 そのからだの土嚢のやうなづづぐろいおもさ。かったるさ […]
「雲雀〔ひばり〕」(草野心平)
げんげ田のむらさきから。とびたつ雲雀。むらさきのじゅうたんに。とびおりる雲雀。麦畑の槍やりの穂のなかから。とびたつ雲雀。槍の穂の穂波のなかに。とびおりる雲雀。 太陽は天のまんなか。その天をかけめぐる。五つのピッコロ。ひば […]
「エリモ岬」(草野心平)
カスペ型の道南端。の断崖。 更に飛火模様に。ごつい岩丈な巌巌いわいわがつづき。ぐるりは泡波のあぶく。 Pacific 押しよせ。エリモ押しかえし。ここらあたり実に。荒荒しい汎神論はんしんろんの棲すみ家である。 カスペ : […]
「くらげの唄」(金子光晴)
ゆられ、ゆられもまれもまれてそのうちに、僕はこんなに透きとほってきた。 だが、ゆられるのは、らくなことではないよ。 外からも透いてみえるだろ。ほら。僕の消化器のなかには毛の禿ちびた歯刷子はぶらしが一本、それに、黄ろい水が […]
「秋の夜の会話」(草野心平)
さむいね。ああさむいね。虫がないてるね。ああ虫がないてるね。もうすぐ土の中だね。土の中はいやだね。痩やせたね。君もずいぶん痩せたね。どこがこんなに切ないんだろうね。腹だろうかね。腹とったら死ぬだろうね。死にたかあないね。 […]
