「古靴店」(金子光晴)

赤、青、黄の強い原色の郷愁ノスタルジヤ……
濡れた燕がツイツイと走る五月の雨空、
狭い港町の、ペンキのいたがこひした貧しい古靴店がある。

店一ぱい、軒先にも、店にも、はげすゝけた古靴、破れ靴、
大きな泥のまゝの長靴や、戯けた子供靴迄
すべて、この人の生に歩み疲れ、捨てられたものらの
朽壊れた廃船舶まるきぶねが聚つてゐる。
……おゝ 、悲しい哀傷的ユーモラスな港景だ。

人情よ、零落の甘さ、悔もなさ、慕しさよ。
俺は、只俺の人生が泣きたくなつた。

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