金子光晴、草野心平 「古靴店」(金子光晴) 2020年11月2日 ken2s 赤、青、黄の強い原色の郷愁ノスタルジヤ……濡れた燕がツイツイと走る五月の雨空、狭い港町の、ペンキの板いた囲がこひした貧しい古靴店がある。 店一ぱい、軒先にも、店にも、はげすゝけた古靴、破れ靴、大きな泥のまゝの長靴や、戯けた子供靴迄すべて、この人の生に歩み疲れ、捨てられたものらの朽壊れた廃船舶まるきぶねが聚つてゐる。……おゝ 、悲しい哀傷的ユーモラスな港景だ。 人情よ、零落の甘さ、悔もなさ、慕しさよ。俺は、只俺の人生が泣きたくなつた。