盛岡城跡公園(岩手公園)

現在、岩手公園(盛岡城跡公園)となっているかつての盛岡城は、
「不来方(こずかた)城」とも呼ばれていた。
少年時代の石川啄木が学校の窓から逃げ出してきて、
文学書、哲学書を読み、昼寝の夢を結んだ不来方城二の丸がこの地だった。
その当時盛岡中学は内丸通りに在り、岩手公園とは200メートルと離れていなかった。
この歌碑は、南部藩士邸の庭石だったといわれる自然石に、
方形の銅板の碑がはめ込まれたものであり、昭和30年10月、
啄木誕生70年を記念して盛岡啄木会の協力で建てられたものである。
歌稗の文字は、啄木の恩友金田一京助博士の書である。(説明書より)


2020.01.17