幻を見る人 ** (田村隆一)

はじめ
わたしはちいさな窓から見ていた
四時半
犬が走り過ぎた
ひややかな情熱がそれを追った

  (どこから犬はきたか
  その痩せた犬は
  どこへ走り去ったか
  われわれの時代の犬は)
  (いかなる暗黒がおまえを追うか
  いかなる欲望がおまえを走らせるか)

二時
梨の木が裂けた
蟻が仲間の屍骸をひきずっていった

  (これまでに
  われわれの眼で見てきたものは
  いつも終りからはじまった)
  (われわれが生れた時は
  とっくにわれわれは死んでいた
  われわれが叫び声を聴く時は
  もう沈黙があるばかり)

一時半
非常に高いところから
一羽の黒鳥が落ちてきた

  (この庭はだれのものか
  秋の光りのなかで
  荒廃しきったこの淋しい庭は
  だれのものか)
  (鳥が獲物を探すように
  非常に高いところにいる人よ
  この庭はだれのものか)

十二時
遠くを見ている人のような眼で
わたしは庭を見た