「嵯峨野抄」 (金井 直)

 紙王寺

一人の旅人が求めるものは
幾夜さのあめかぜに
余分のものを削りとられたのちの形が
そのまま 内部をあらわしている
いわば自然の中に突刺さる
一本の枝のようなものであった

人よ
たとえば 石のように落ちているものを
なぜ そのまま見すごしておくことができないのか
なぜ 生きながら亡き数に入った人の
後姿を
指ささねばならぬのか
人よ
ともすれば思い出つもる
文机の前の人に
声をかけるな
水色に映る丸窓の
あえかなあかりで いっしんに
ひとつのものへの思いをふかめる
その人の名を呼ぶな
ただ 庭の立木を縫う
ひとすじの細いながれを見よ
苔を見よ その心を見よ

 落柿舎

とざされた入ロの横に
新しい蓑笠が吊下げられてある
誰のしわざか
えんがわに置かれた
酒徳利に野の草がさしてある
まだ青いかげのある柿の実が
羽目板にうつっている
ここのあるじは もう
ずっと不在であるのに
それを知っているはずなのに
この古い家を訪れる人は絶えない
遠い人のおもかげが なぜか
心の泉にゆれるので
野の果てをさまようのである
さまよいあるき
やがて 裏の竹やぶの中に辿りつくのである
竹やぶの中 その土の中に
かつて ぬくもりを支えた
骨は存るか
そこに存るものは
一塊の石
枯れた一本の芒である

 化野

石にきざまれたものは
何であったのか
もはや 読むことのできぬ
ところに追いつめられて
ひしめいているのは
はたして石であろうか
遺恨の圭角を過ぎた世界に
なにゆえに人は来るのか
人を誰が呼ぶのか

佛は常にいませども
うつつならぬぞあわれなる
人の音せぬ暁に
ほのかに夢に見え給う